できないこと

「できないこと」を、ポジティブ(+)と、ネガティブ(-)と、そのどちらでもない意味づけを考えてみました。

ネガティブ・・・恥ずかしいこと、嫌なこと、惨め、屈辱的、負け、劣 っていること、無能、価値がない、弱い、悔しい、情けない、不安、怖い、そこに居ずらい、バカにされる、相手にされない、認められない、
隠す、偽ってできるふりをする、感じない振りをする、虚勢を張る、逃げる。

ポジティブ・・・気づくことができる。自分は何もできない、何も知らないという自分を知ることができる。自分の知らないことやできないことを学び、自分のものにできる。恥をかくことを体験できて、強さや忍耐力や勇気を培える。新鮮さがある。

どちらでもない・・・ただ、できないこと、があるだけ。ただ、それだけ。人それぞれに違う。良くも悪くもない。

こんなにたくさんの意味付けが、私の中の哲学の引き出しには入っていて、私はそれを自由に選べるんです。そして、それは変化もしていきます。

誰もがそうやって自分の哲学を持っていられるっていいなあと思います。


        

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# by yokosize | 2017-10-16 21:18 | Comments(0)

人の力を信頼する

 魚屋さんで「ご主人に食べさせてあげて」と鰯のお刺身をおまけしてもらったときのことです。
 夕飯になってみると、もうおかずを作った後だったので、いただいたお刺身の分だけ多かったのです。お刺身だから残すわけにもいかず、食べ過ぎて苦しいし、カロリーもオーバーしてしまいました。

 それで思ったのが、人に何かをしてあげる時、自分ではそれが相手にとっていいことだと思ってやっていても、自分には本当のことは分かっていないということです。余計なことをしていたり、やる必要もないことだったり、相手が自分で考えて行動するチャンスを逃すこともあるのではないかと思いました。
 もしかしたら、相手のためではなくて自分のために行動することもあるかもしれません。

 人に何かをしてあげる時、私はどうしてこれを話そうとしているの?どうしてこれをしようとしているの?自分の中の誰がしてあげたいの?と自分に聞いていきたいです。

 私たちの中には自分を成長させ、育てていく力があります。
 人がもともと持っているその力を発揮するチャンスを奪わないで見守れるようになりたいと思いました。それは、人の力を信頼することでもある思います。

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# by yokosize | 2017-10-15 23:55 | Comments(0)

上をめざそう

上をめざそうと言っても、他人相手ではなくて自分相手です。

自分の外側の他人を重視し注目して、他人に自分を照らし合わせて、私の方が勝った、負けた、優れている、劣っている、上だ、下だという、まるで他人中心のような世界を卒業したいと思います。

観るのは自分だけ。ワーク(パターンに語りかけして、白黒ワークして、行動していく)して、自分で変化を起こしていく。そうやって今の自分よりもちょっとでも上をめざそう。

そういう、自分相手に上をめざす自分でありたいと思います。そう決めると、清々しさが拡がってきます。

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# by yokosize | 2017-10-14 22:46 | Comments(0)

昨日の「いいな」の続きです。

今私は、「できない自分をさらしたくない」というパターンに語りかけをしています。そのパターンは、ダンス教室の先生の言ったことを、できないままの自分を受け入れてもらえるんだと受け取り「いいな」って思ったんです。

自分にとっては受け入れたくない現実のできない自分を受け入れてくれた、みんなはできていて私一人できなくてもOKだよ、それでいいよと容認されたんだ。頑張ったり、努力し続けたり、無理したりするような面倒で嫌なことをしなくてもいいんだ。安全な範囲だから不安や怖さも感じなくて済む。
というパターンにとっての都合のいい解釈をして「いいな」って思ったのです。

自分にとって安全なところ(恥をかかないできない自分を出さなくて済むところ)にいて、できないことをできるように努力するとか、苦手なところから逃げずに立ち向かうとか、自分にとっての上を目指して頑張るということを避けてきた、自分の物事に対する姿勢のパターン(癖)がわかりました。

「いいな」の一言の中にたくさんのパターンの動機をみつけることができました。

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# by yokosize | 2017-10-13 23:05 | Comments(0)

先日、ダンスの先生が「足を高く上げようと頑張るんじゃなくて、自分の上げられる所でいかに美しくできるかなの、だから高く上げようと無理しないでいいの」と他の生徒さんに言っていました。私はそれを聞いて「いいな」って思いました。安心感も感じました。だって、美しく見えるということは体を機能的に使っているということだから安全とも思いました。

後になって、ダンスの先生の伝えたかったことと、私の受け取ったものが違うということがわかりました。

ダンスの先生は、高さを目指す努力をするのは当たり前のことというのが根本のところにあっての美しく動きなさい、だと思います。

私は、無理しなくてもいいんだ、頑張らなくていいんだ、努力しなくていいんだ、安全な範囲でやってればいいんだ、できなくてもいいのね!というような受け取り方をしていたのです。甘えもあるし、怠惰な安心感を感じて「いいな」と思ったのです。ダンスに取り組む姿勢が全然ちがいます。「いいな」と思ったのはパターンだったのです。

このパターンには、9月のグループの時に先生にそのことを話した時「いいなと思ったのはパターンだよ」と言われてはじめて気がつきました。言われるまで気がつかず「えっ?」と思いました。

このパターンは今ケアしているパターンにも関係していました。








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# by yokosize | 2017-10-12 23:56 | Comments(0)

自分に向き合い育てながら毎日を大切に過ごしたいと思っています。