かわいそうに

私がまだ主人の家族に会う前に、主人が主人の叔母Yさんに私のことを話した時のことです。私が小学校一年生の時に父を亡くしたことを話すと、Yさんは「かわいそうに」と言って泣いたそうです。

私は、その話を後から聞いて嬉しいと思いました。その時、誰かにかわいそうにと言われて嬉しく感じることもあるんだなって思いました。今思うと、私が見ていなかった子供のころの寂しさをすくう言葉だったのかもしれません。

それから何年もして、私は「魂の道場」へ通いはじめます。そこで、パターン(=エゴ、信念、観念など)の存在や、そのパターンが大きいために、外の情報がパターンに引っかかって、パターンが感情を生み出す、という心のからくりを学びました。(*)

そう考えると、Yさんの「かわいそうに」もYさんのパターンが生み出したものです。そうとわかっても、Yさんの思いを、私があたたかく感じるのは変わりませんでした。Yさんは、ただただ私の子供の時を思いやって、大変だったろうという事をいろいろ想像して口にした言葉だったんだと思います。だから、Yさんの思いが私の胸の中に届いて、それを私は素直に受け取れたんだと思います。

言葉も、その言葉にふくませる思いも大事なんだなって思います。

   - - お読みいただきありがとうございました。 - - 

私たち一人一人の中には、自分を理解し、許し、愛するためのたくさんの資質があります。
そういうもともとある力を使って、本来の自分(「私」)を育てるカウンセリングを行っています。

もし、人間関係などで悩んでいる方は、今の在り方が自分の望んでいるものではないのかもしれません。また、自分への向き合い方を知りたい方、悩みはとくにないけど自分に向き合って自分を育てることに関心のある方をお待ちしています。

自分を育てるカウンセリング  http://sodatu556.exblog.jp/i2/  (*)



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by yokosize | 2017-05-10 23:27 | Comments(0)

自分に向き合い育てながら毎日を大切に過ごしたいと思っています。